2005年02月27日

Stage「あひるなんちゃら」

演劇『宇宙モノ』by「あひるなんちゃら」 @中野テレプシコール

芝居はけっこう久しぶりだ。去年はLiveの数なんて比較にならないほど芝居を観たけど、今年に入ってからは初めて。
大学の演劇部の後輩が出演している芝居で、今まで何度も観たことのある演劇ユニット「あひるなんちゃら」である。言ってしまえば、くだらなくてあくびの出る芝居なんだが、今回も腹抱えて笑ってしまう運命にあるんだなあ・・・。
100人も入らないようなちっちゃい芝居小屋での芝居は、やっぱり普段生活している限りでは絶対味わうことのできない、信じられないエネルギーに満ち溢れている。音楽のライブと通じるところはあるけど、全く比較にならない力が、役者を、客を動かしてるんだなあ、と改めて思う。
・・・ってとりあえず持ち上げておいたけど、いい加減あいつも良い年なんだから(後輩だけど同い年)。がんばってるのはわかるけど、こういう芝居はやめたほうがいいなあ。普段の舞台の息抜きでやってるのかもしれないけど。といいながら俺も爆笑しているわけだけど(汗)
むしろ早くお嫁に行ってくれた方が、先輩もうれしいぞ。
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2005年02月24日

Book「終戦のローレライ」

ずーーっと記事を上げずにいたのは、これを読み続けていたから・・・。

ローレライ.jpg
終戦のローレライ (1)〜(4) 講談社文庫
著者:福井晴敏

『1945年、夏。彼らは戦っていた。誰にも知られることなく、ただその信念を胸に。
昭和20年、日本が滅亡に瀕していた夏。崩壊したナチスドイツからもたらされた戦利潜水艦・伊507が、男たちの、国家の運命をねじ曲げてゆく。五島列島沖に沈む特殊兵器・ローレライとはなにか。終戦という歴史の分岐点を駆け抜けた魂の記録が、この国の現在を問い直す。第22回吉川英治文学新人賞受賞。』

文庫の発売日を指折り数えたのは、生まれて初めての経験。
文庫で涙を止められなくなったも初めてなら、鼻と耳から潮風と波の音がいつまでも離れられなくなったのも初めてだ。五感全てに活字が絡まり、生き物のように体内で戦争末期の世界を再構築する。
映画の封切りが、もはやそこまで来ている。今回はどうなんだ、とばかり今まで我慢していた映画「ローレライ」のページにたどり着いて、内容をうかがってみる。・・・ぐうう(謎)
映画のための原作を、という誕生の経緯を持つ物語であるが、やはり微妙に登場人物や人物設定にも手が加えられていた。って、フリッツの名前がねえぞ、といったような困惑があるものの、こんなものなのかなあとあきらめも付く範囲。
しかしながら、映像は超一級の様子。映像監督ならば泣いて喜ぶスピード感を持つ原作だからこそ、これだけでも有無を言わさぬ作品が出来上がる。ハリウッド級がうんぬんなどという、場違いなものさしを取り出すまでもなく、映画ファンが見たことのない映像ができあがっているはずだ。
よけいなことをしてみなさい、福井ファンが暴れ出すぞ(笑)
posted by Jori at 13:22| Comment(2) | Book | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月14日

Live 2005.02.14 Ai+BAND

2005.02.14 Ai+BAND "Super Chocolate Factory"@Shibuya O-West
出演:ソニン/Ai+BAND/Minx Zone/彩with SUPER VIBRATION

出演順
1.彩with SUPER VIBRATION
2.Minx Zone
3.ソニン
4.Ai+BAND

◆Ai+BANDセットリスト
01.DEAR FRIENDS
02.青空
03.FIGHTING GIRL
(MC)
04.グレープフルーツMOON
(MC)
05.Jumping Party!!(+メンバー紹介)
06.BELIEVE IN LOVE

仕事中、急におなかが痛くなり、早退したため開場に間に合うことに(フィクションです)。
開場時間の18時を5分程過ぎたころに、O-Westに到着。番号を読み上げる声が聞こえる。
自分の番号はBブロックなので、明らかに後半。余裕たっぷり入口に近づく。
「……番の方いませんかあ。…では、チケットお持ちの全ての方どうぞ〜」
え!嘘!
あわてて駆け出し入場。チケットもぎりは、入場者に誰のファンかを尋ね、4つの紙コップの中へ半券を分配している。入口では、アンケート+チラシの束と、板チョコを受け取る。
そのまま会場へ小走り。3列目につけた。…えっ、3列しかできていない…。一通りの入場を終えたばかりなのに100人と入っていないのではなかろうか(苦笑)
いたたまれず、列を離れてドリンクチケを缶ビールと交換。しらふではきつい。

そうこうしているうちに、1組目「彩with SUPER VIBRATION」登場。
彩さんのボーカルの他、ギター・ベース・ドラムのパンクロックバンドである。愛想のいいパンクロックもあったもんじゃないが、ほとんどが初めてという客に対して気持ちよく話しをし、激しく歌い、走り回る。昔よく行ったちっちゃなライブハウスを思い出した。力いっぱい、立ち向かうように音楽を演奏する姿だ。こういうのもいいなあ…♪

2組目、「Minx Zone」は、関西弁を話す女の子ボーカルと、やはりギター・ベース・ドラムから成るポップスグループ。ドラムが女の子なのが印象的。ボーカルのキャラが独特で、そのせいなのかどうなのか、楽曲もオリジナリティがいっぱい。素直にいい曲だと思える、まっすぐなスタイル。お金を出して聴きに来る価値は十分にある。

3組目…。機材のセッティングが始まり、なぜかキーボードが据え付けられる。
すっかりAi+BANDは3番目かと思っていたので、かなり驚く。でもさすがに…、どーだこーだと思いをめぐらせているうちに、ソニン登場。
一時期の「アイドル」に区分されるような雰囲気は、彼女からは感じられない。触れれば切れそうな鋭角的な意思と、キャパシティーの大きさが体から伝わってくる。簡単に言ってしまえば「大人のオンナ」になったというような…。以前から知っている彼女とは別人のようだった。
楽曲は、1曲目に新曲「あすなろ銀河」、2曲目には「カレーライスの女」と続く。驚いた、すごい歌唱力だ。演歌に通ずるようなひねりを交え、かきなぐるようにギターを弾く。どう考えたって上手くなっている。とんでもない量の稽古を重ねているのかもしれない。
3曲目にピアノソロのバラード「ほんとはね。」。Aiもこの後のMCで“泣きたい時に聞く”大好きな曲、なんてコメントしている曲だ。そして、4曲目に、アコギ弾き語りで往年の名曲「Lovein' You」のカバー。この曲を歌いこなすのか、とぶん殴られたような衝撃をうけた。
5曲目、「東京ミッドナイト ロンリネス」を歌って、終了した。
これだけ衝撃を受けておいて、CDを買わないわけにはいくまい。給料日後まで待て(コラ)

最後にして、ようやくAi+BANDのセッティングが始まる。
ライブ中盤を過ぎたころから客もようやく集まりだし、このころには300人近くの入場者数になっていた。
自分もようやく動き出す。するする移動し2列目へ。
暗転しオープニングの曲が鳴り響く。うおーと歓声を上げる客たち。えっ、キミたちAi+BANDだったの?2,3人しかいないんじゃないかと思っていたAi+BAND戦士だが、次々と出現。ツアーの東京公演時とは比べられないほど客入りは少ないのだが、それでもドラムが鳴り響くと跳ねはじめるものどもが(笑)
曲順や演出構成は、曲数こそ少ないが基本的に昨年の「Jumpping Party」ツアーと同じ。ぎゅっと凝縮したような内容。3rdアルバムの制作、次回ツアーのリハなど多忙な中、全く新しい構成を作り出すのは難しいだろうから文句は何もない。むしろ、完全燃焼に近いところまでいった前回のツアーが再現されることがうれしかったりもするのだ。
2列目の俺にAiはあっという間に気がつく。笑顔(ほとんど爆笑)で指を差してくる。
1日置きの3連発ライブ最終日の俺は、ジャンプの打点も高いわ、ツアーの告知で全部行くよ発言をするわで、いいかげん目立ってきた。でも、なぜかこのバンドには全部吸収されつくされてしまうような気がする。今回のように小さい会場だろうが、ものすごい大会場だろうが、どんな客がいようが、伸縮自在、変幻自在に客を気持ちよく叩きのめす力を持っている。

これだけの曲で、熱いファンが収まるはずもなく、アンコールが始まる。大きく息を吸い込んだところで「以上をもちまして本日の公演は……」のオチ。

間違いなく、はじめてAi+BANDを知った客を引き込んでしまったステージだったし、次回ツアーに期待×100を感じさせてくれるステージだった。
やっぱりこいつらは、正真正銘のライブバンド、である。
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2005年02月13日

Live 2005.02.12 愛内里菜

2005.02.12 RINA AIUCHI VALENTINE LIVE 2005 - GIRLS PLAY BOYS -@なんばHATCH
出演 愛内里菜 三枝夕夏 望月美玖 上木彩矢 中村由利

ライブの内容は、2日前の横浜公演と同様。客の入りもほぼ同様、完売に近いところまで入ったような様子だ。盛り上がりについては、横浜に比べて少々押さえ気味なところも。実際5列目以降は申し合わせたように客同士に隙間があいたような立ち方をしている。
今回に限らず各会場では客のキャラクターがあって、東京(関東)は血気盛んなお祭り騒ぎ、
大阪は心奥深くで想いを燃やすような、名古屋は両方のいいところどり、という雰囲気を持っている。今回もそんな典型的な雰囲気が当てはまっていたようにも思えるが、盛り上がって初めて成立するともいえるスタンディングライブとしては、少々物足りないところもあったのかもしれない。

今回の会場「なんばHATCH」は、自分は初めての体験。
(なにせ、東京在住の一般人なもので)
当日大阪の天気は晴れ。だが気温は最高8度、最低1度という極寒の世界。そんな中、悲劇的な番号を手に、またもやTシャツ1枚で待機。
そこで、最終調整という言い訳を立てて会場時間の押しが伝えられる。言語道断。寒いんだから勘弁してくれというわけではなく、スケジュールの乱れはミスそのものだ。まして事務所おひざ元の会場、である。結局アーティストにステージ上で謝罪させるような羽目になる(今回はそれもなかったが)。こんな状況では、スタッフの気が緩んでいると判断する客だって俺以外にもいるはずだ。
こうして器の小さい人間が一人、ようやく入場。センター5列目に落ち着く。
横浜BLITZよりは一回り小さいが、ステージの間口の広さは印象的な会場。客席のどの位置からも無理することなく出演者の姿をみることができるはずだ。

ライブがスタートすると、いつの間にかアーティストの真正面の位置に。これまで、センターの位置に来たことはあったけど、本当の真正面にきたことはなかった気がする。舞台から見ると、視線は自然と正面の奥または壁に向く。最前列などは、意外と意識しないと視線が行かないのだ(これは、ステージ上の人間の見え方で「下を見る=小さく見える」という基本があるから。顔を上げて照明のすぐ下辺りに視線を向けると、胸が張って体が大きく見え、照明も良い角度で表情を照らすことができる)。そんなことを考える余裕もないまま、いつもより視線の合う回数の多いことで、すっかりテンションも上がってきた。まあ視線が合ったと思ったこと自体、大抵いつも勘違いなんだが。
そんなわけで、PPPHのコールもぶっ通し。目を食いしばるようにして叫び、目を開けると、愛内の目線が。俺が気づくと、愛内はそのタイミングで俺を指差し、がんがんいくぞ、の表情。ほかは勘違いだとしても、これは俺宛に意思表示されたみたい。声は歌い手さんのところまでばっちり届いているようだ。

あの表情が、ひょっとしたら「ちょっとあんた、やかましいから黙っといて」という意思かもしれないなんてことは疑いもせず、トップギアのままライブ観戦は続く。
ちょうど俺の前に微動だにしないでステージを見ている男がいる。その隣の毛の薄いおじさんも平成生まれと思われる女の子もジャンプするところで、彼は全く身動きしない。こんなところにいないで家に帰ってDVDでも見ていてくれ。
額縁に飾られた高価な絵画は、それ相応のものを見ている人に与えてくれる。だけどときには、ページをめくると人と背景が飛び出し光と音があふれ出てくるような絵本だって、人を幸せにしてくれるものだ。そんな絵本をライブ会場に求めて来る人は多いはず。自分の価値観を人に押し付けるのは良くないが…でも何か、腕組んで難しい顔をしながら絵本を読み解いているような、彼にはそんな“ずれ”を感じる。単純にもったいないな、と思う。
ひょっとするとアーティストにとっても、楽曲制作やプロモーション活動などの業務は、眉間にしわをつくるような難しい作業なのだろう。でも少なくとも、ライブの本番中は、アーティストも絵本を広げて大騒ぎする子供に戻っているはずだ。その中で、苦悩や迷いを解決させるだろうし、新しい発想を得たりするのかもしれない。

もちろんこんなことは言うまでもないことだ。でも、あまりにも多くの要素が絡んでくる中、見失ってしまうにはもったいない、核心となること、である。少なくとも自分には。
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2005年02月10日

Live 2005.02.10 愛内里菜

2005.02.10 RINA AIUCHI VALENTINE LIVE 2005 - GIRLS PLAY BOYS -@横浜BLITZ
出演 愛内里菜 三枝夕夏 望月美玖 上木彩矢 中村由利

当日、有休をとるも、午前中に打ち合わせの予定が入る。
実家での用事、打ち合わせ、平塚陸運局、家に届いているチケットの確保など、
この日単車で200kmほど移動。普通なら10時間睡眠でも回復しないほどの
壮絶な疲労を抱えて…ライブ会場へと向かう。

会場の横浜BLITZは、比較的新しいライブ会場で、広さは渋谷AX、名古屋のダイアモンドホールぐらいのキャパがあったように思われる。昨年開通したばかりのみなとみらい線で、アクセスもバッチリというところだ。
今回のチケット番号は、とてつもなく悪い。一応FC枠なのだが、自分の絡むチケットの番号はいつもいつもひどい。数々の伝説的番号をとったことのある強運者も、俺にかかればとんでもない番号を引く羽目になるのだ。
はっはっは。

笑っているうちに会場。遅い番号は、それだけ会場に入るまでに待たされてしまう。Tシャツ1枚、季節は2月、東京湾の海風吹きすさぶ中、列を作る。まさに修行。
入場すると、Zepp東京のように、スタンディングエリアが柵によって区切られる形態。
すっかり半分以上が客で埋まっている。
突撃開始。危険行為を避けながら前進。ホントに皆様ごめんなさい。
ライブが始まる。今回はスロースタート。とことこ歩きながら愛内登場。
今回の衣装は、デニムのミニ、トップスは覚えてない(笑)とにかくミニだ♪
久しぶりの大きなステージで歌いだす。パン工場のステージにはない大きさが伝わってくる。身振り手振りが大きいというわけではなく、止まっていてもステージの大きさを感じさせない、そんな「立ち方」というのが出来ている。ほとんど無意識の使い分けなのだろうが、やはり経験は積み重なっている様子だ。
(曲順セットリストは、魔界日記をご参照下さいw詳しいから)

1曲を歌った愛内の代わりに登場した三枝夕夏。
…歩き方で分かる。緊張している(笑)立ち位置の場見テを目掛けてまっすぐ歩いている。
先日のパン工場「Love Motion Night」の時と同じ楽曲を歌う。ついでにMCも一部同じ。
どうしてもひいき目に見てしまうところなのだが、それでも、ステージに対してパフォーマンスがちょっと小さい。もっともっと経験を積ませてあげないと(えらそうだ)。

3曲を歌い、続くは望月美玖。
先日のパン工場で初めてステージを観させてもらったが、そこからけっこう稽古をつんだのかな、と思わせるようなステージだった。楽曲はいいものなのだから、魅せ方の会得次第で多くの人の耳をとらえることは可能なはず。そのためには、まあ、こういったような先輩と同じステージに放り込んでしまうのが一番手っ取り早い(笑)「目的のアーティスト以外は出すな」なんていう批判があることも事実なんだろうけど、期待をさせてくれる、可能性あふれるアーティストのステージって、また別の面白さがあるように思えるから。

続いての登場は、上木彩矢。
この人は先日の「Love Motion Night」に登場していない。今回のライブのリハーサルとしての役目も持っていたライブだったのだが、初の大舞台を踏むことになる上木を出演させなかった思惑が、ちょっと予想できない。無関心な一般のファンは、ノーマークの人もいただろうが、このことはむしろ、常連にとってサプライズの要素だった気もする。
実際のステージは…1曲は12/9のパン工場出演時の既演奏曲だったが、オリジナルと大先輩カバーとは、度肝を抜かされるステージだ。楽曲の質という点で、他の出演者と違う空気を会場にぶちまけ、その歌唱力・キャラクターでGIZAファンの価値観を175度くらい逆転させただろう。
ただ、今回披露されたオリジナル曲は、デビューシングルとして発表されるには、少々疑問が残る、というもっぱらの批評だ。質は悪いわけではないが、上木のインパクトを世に訴えかけるには少し方法が違う…という感じか。

つかの間、Garnet Crow・中村由利登場。
今回の出演は、全くのサプライズ。予想もしていなかった会場からは、絶叫とも言うべき歓声があがる。俺もその一人。由利っぺは初。アルバムは聞くけど、ライブとかはあまり…、なんていう立場だったが、一気に価値観逆転。
全てオリジナル曲であったがその中の「夢みたあとで」は、自分でも全然予想しなかった深さで心に突き刺さってきた。さすがだ。参った、恐れ入った、と大阪の兄貴に心の中で詫びる。
「ちゃんと聴きます」

そして再び、愛内登場。
すでに微塵の体力も残していない自分は、馬鹿力を発揮し、跳び続ける。
…初最前(笑)記憶が無くなるくらい跳べよ、と。小悪魔・愛内の笑顔が語りかけてくるようだ。
(なんだこの終わり方はw)
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2005年02月08日

etc.風呂

シャンプーをしている時に、お湯が出なくなった。
手もしびれる程の冷水で、悲鳴を上げ爆笑しながら泡を流す。
posted by Jori at 14:07| Comment(0) | etc. | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月06日

Design「同潤会江戸川アパートメント」

大正12年に発生した関東大震災。この復興のための義損金を元に翌13年に設立されたのが、財団法人同潤会である。初期の復興後の住環境整備の他、不良といえる住居地区の再開発などを行う目的で、関東圏で東京13ヶ所、横浜2ヶ所に「アパート」と名打つ中・大規模集合住宅建設を行ってきた。
目的を確実に実行しながらも、当時の最先端技術を盛り込み、「不燃」の思想のもと鉄筋コンクリート造を採用し、日本の風俗に合わせた社会構成を可能とする平面計画、若い技師の自由な発想を妨げることなくつくられた細部の意匠。超高層ビルを乱立させることができる程に発展した今日の建設技術でも、多いに学ぶべき所を持つ集合住宅の原点である。
しかしながら一方で、現法令では不適格に当たる上に老朽化した構造体、同様に修繕の追い付かない設備系を持たざるを得ない程年齢を重ねた各アパートは、存在感のある空間的な魅力、技術的に貴重すぎる資料である点で保存がささやかれてきた。区分所有という権利方式もあいまって、様々な意志に押し流されるようにして「再開発」という結末と再出発を余儀なくされたアパートが、近年次々と姿を消している。

そんな同潤会アパートに魅せられ、写真という捉え方で各アパートの写真を撮り続ける人がいる。その建築上の性質も手伝った一般よりも閉鎖的とも言える住人の方々に、写真の目的・意志を説得して回り、自らも住人の立場になるなどして地道に活動をしてきた彼は、今では同潤会建築の研究にはなくてはならない存在となった。同潤会を取り上げる書籍の大半は、彼の写真を採用している。

彼に会ったのは、自分が大学の卒業設計で同潤会江戸川アパートの保存計画をテーマとして進め、その結果、卒業設計を特集する書籍に掲載されることになった時。彼の写真を現況写真として図面に配置し、それを出版物とするための許可をもらうために連絡をしたときだった。今思えば住民の視点を無視した、ともすれば怒らせてしまうような稚拙な内容の設計に対し、丁寧に意見を述べ、自分の視点から見た「大切なこと」を自分に教えてくれた。自分が研究してきたことは、情報を積み重ねることだけであって、彼の言葉こそが本当の意味での“勉強”であったと気付き、感銘と尊敬の念を抱いた。

そんな彼が、一昨年に取り壊されてしまった江戸川アパートの写真展を開催することを知り、すっかり埋もれてしまった知識と「大切なこと」を再びかき集めながらギャラリーへと向かった。

署名をした自分の名を見て、やっぱりそうかと確認の顔をした彼が、気さくに話かけてくれる。すっかり大人びてと笑う彼に、苦労してますからと笑い返し、今では少し違う業界へと進んでしまった自分にも、写真のこと、同潤会アパートについてのことを話をしてくれた。
彼の写真は幻想的な芸術性を持った美しさはもちろん、ある感情を胸の中に投げ込んでくるような発言力を持っている。取り壊し最中の写真もあり、涙が溢れてくるような感情を持つ写真もありながら、最後の集合写真であるという、江戸川アパートの住人全員がうつった写真には、それとはまた別の涙が込み上げる写真があった。
全員が本当にいい顔をしていた。お別れという現実を前に。
「まあ、ちょっとした前振りがありまして」と、それを伝えると彼は笑っていたが、こんな顔をさせてくれる写真家だからこそ、住民の方々も彼に写真を撮ってもらおうという気持ちになっていたはずだ。

色々な方面で同潤会の再開発に意見を言う人がいるが、名建築だ何だと騒ごうが、大前提はこの建物が住民の持ち物であるという事実。今回、建物は残すことができずに建て替えという選択になったが、写真家・兼平氏が「記憶」「住人と住人のつながり」を遺す助けをしたように思う。彼のカメラがとらえた「大切なもの」を、シャッターを押すだけではない行動によって、写真以上のものを遺した。彼と話すなかで、そんなような結論を導いた。

「お元気で」会場を後にする自分にそう言い、自分も「また、必ず」と返す。事実、これからも掲載出版物は必ず買おうと思ったし、写真展にも必ず来ようと思った。

単純に、かっこいい生き方だって思うでしょ(笑)

兼平雄樹氏 ウェブサイト
アパートメント ウェブ フォトギャラリー

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2005年02月03日

Book「龍は眠る」

ryu_ha_nemuru.jpg
龍は眠る 新潮文庫
著者:宮部みゆき

『嵐の晩だった。雑誌記者の高坂昭吾は、車で東京に向かう道すがら、道端で自転車をパンクさせ、立ち往生していた少年を拾った。何となく不思議なところがあるその少年、稲村慎司は言った。「僕は超常能力者なんだ」。その言葉を証明するかのように、二人が走行中に遭遇した死亡事故の真相を語り始めた。それが全ての始まりだったのだ…宮部みゆきのブロックバスター待望の文庫化。』

 宮部の初期の作品にあたる。原点と言っても問題はない、超能力をテーマにしたものだ。映画化もされた、後の「クロスファイア」などへとつながっていく、超能力を持つが故の苦悩、自分探しのようなものが描かれている。
 一番外郭の印象では「クロスファイア」で用いられる能力とは見た目の派手さがないため、全て心理描写や言葉でしか事象を表現できない。そのため、ちゃんと物語に入り込んでおかないと冷めた感触しか残らないだろう。
 ただ、単に能力者を持ち上げ矢面の舞台に上げただけの物語でなく、過去に汚点を持つ者、障害を持つ者など、あるいは読者も当てはまる人間全体のとらえかたをでもって、“眠れる龍”として主題をまとめあげたところは、宮部さすがと感嘆し、物語の結末と別のところで印象に強く残った。
 文中の一節、能力者・慎司のこんな言葉がある。「ほっとするんだ。ああいう―――自然の大きな力を見てると。僕なんか、取るに足りないちっぽけなものなんだって分かるから。僕、ときどき、すっごく自分が偉くなったような気がしちゃうからさ。他人のこと、何でも分かるから。そういう選ばれた人間なんだって思っちゃう。それって、嫌なことだよ。」
 十人十色、得手不得手がある人間の中で、迷ったり悔やんだりしない人間はいない。マイナスの部分を持つ人間と同じ位置にプラスの部分を持つ人間もいて、どう自分を見つけられるかで一歩一歩進んで行ける。宮部の生み出した“普通の人間”が、彼らなりに生きて答えを見つけ、宮部に語り返すのだ。
posted by Jori at 09:19| Comment(0) | Book | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月01日

etc「量産型食い物」

牛丼屋などのチェーン店の食事は、愛情も何もへったくれもない。
「腹を満たす」という契約の元、本来あるべきだが実際に機能しない概念的なものを排除した、実に合理的なものだ。
代わりに客も、本来あるべき感謝や行儀の概念も必要とされない。

ここに事例を2つ。これほど腹の減らない食事の話も珍しい。
〜牛丼と生たまご〜
牛丼の上に、肉が見えなくなるくらい紅ショウガをのせます。紅ショウガにくぼみをつくり、たまごを落とします。ドンブリの上が雪国になるぐらいまで、マヨネーズを回しかけます。グーの手で箸をにぎり、一気にかきまぜます。たべます。

〜豚丼+生たまご+豚汁〜
豚丼の豚を全て豚汁の中に移動させます。豚汁の中にたまごを落とします。かきまぜます。少しずつ白飯にかけて食べます。


…気分が悪くなってきた(汗) 実際にこれは、客がこのようにして食事をしているのを、自分がこの目で目撃したものだ。もうこの世は終わりだと思った。世紀末だと思った。
…ホント、オチもいらないわ。
posted by Jori at 00:54| Comment(0) | etc. | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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