2005年02月06日

Design「同潤会江戸川アパートメント」

大正12年に発生した関東大震災。この復興のための義損金を元に翌13年に設立されたのが、財団法人同潤会である。初期の復興後の住環境整備の他、不良といえる住居地区の再開発などを行う目的で、関東圏で東京13ヶ所、横浜2ヶ所に「アパート」と名打つ中・大規模集合住宅建設を行ってきた。
目的を確実に実行しながらも、当時の最先端技術を盛り込み、「不燃」の思想のもと鉄筋コンクリート造を採用し、日本の風俗に合わせた社会構成を可能とする平面計画、若い技師の自由な発想を妨げることなくつくられた細部の意匠。超高層ビルを乱立させることができる程に発展した今日の建設技術でも、多いに学ぶべき所を持つ集合住宅の原点である。
しかしながら一方で、現法令では不適格に当たる上に老朽化した構造体、同様に修繕の追い付かない設備系を持たざるを得ない程年齢を重ねた各アパートは、存在感のある空間的な魅力、技術的に貴重すぎる資料である点で保存がささやかれてきた。区分所有という権利方式もあいまって、様々な意志に押し流されるようにして「再開発」という結末と再出発を余儀なくされたアパートが、近年次々と姿を消している。

そんな同潤会アパートに魅せられ、写真という捉え方で各アパートの写真を撮り続ける人がいる。その建築上の性質も手伝った一般よりも閉鎖的とも言える住人の方々に、写真の目的・意志を説得して回り、自らも住人の立場になるなどして地道に活動をしてきた彼は、今では同潤会建築の研究にはなくてはならない存在となった。同潤会を取り上げる書籍の大半は、彼の写真を採用している。

彼に会ったのは、自分が大学の卒業設計で同潤会江戸川アパートの保存計画をテーマとして進め、その結果、卒業設計を特集する書籍に掲載されることになった時。彼の写真を現況写真として図面に配置し、それを出版物とするための許可をもらうために連絡をしたときだった。今思えば住民の視点を無視した、ともすれば怒らせてしまうような稚拙な内容の設計に対し、丁寧に意見を述べ、自分の視点から見た「大切なこと」を自分に教えてくれた。自分が研究してきたことは、情報を積み重ねることだけであって、彼の言葉こそが本当の意味での“勉強”であったと気付き、感銘と尊敬の念を抱いた。

そんな彼が、一昨年に取り壊されてしまった江戸川アパートの写真展を開催することを知り、すっかり埋もれてしまった知識と「大切なこと」を再びかき集めながらギャラリーへと向かった。

署名をした自分の名を見て、やっぱりそうかと確認の顔をした彼が、気さくに話かけてくれる。すっかり大人びてと笑う彼に、苦労してますからと笑い返し、今では少し違う業界へと進んでしまった自分にも、写真のこと、同潤会アパートについてのことを話をしてくれた。
彼の写真は幻想的な芸術性を持った美しさはもちろん、ある感情を胸の中に投げ込んでくるような発言力を持っている。取り壊し最中の写真もあり、涙が溢れてくるような感情を持つ写真もありながら、最後の集合写真であるという、江戸川アパートの住人全員がうつった写真には、それとはまた別の涙が込み上げる写真があった。
全員が本当にいい顔をしていた。お別れという現実を前に。
「まあ、ちょっとした前振りがありまして」と、それを伝えると彼は笑っていたが、こんな顔をさせてくれる写真家だからこそ、住民の方々も彼に写真を撮ってもらおうという気持ちになっていたはずだ。

色々な方面で同潤会の再開発に意見を言う人がいるが、名建築だ何だと騒ごうが、大前提はこの建物が住民の持ち物であるという事実。今回、建物は残すことができずに建て替えという選択になったが、写真家・兼平氏が「記憶」「住人と住人のつながり」を遺す助けをしたように思う。彼のカメラがとらえた「大切なもの」を、シャッターを押すだけではない行動によって、写真以上のものを遺した。彼と話すなかで、そんなような結論を導いた。

「お元気で」会場を後にする自分にそう言い、自分も「また、必ず」と返す。事実、これからも掲載出版物は必ず買おうと思ったし、写真展にも必ず来ようと思った。

単純に、かっこいい生き方だって思うでしょ(笑)

兼平雄樹氏 ウェブサイト
アパートメント ウェブ フォトギャラリー

posted by Jori at 00:00| Comment(0) | Design | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。